<?xml version="1.0" encoding="utf-8" standalone="yes"?><rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:itunes="http://www.itunes.com/dtds/podcast-1.0.dtd"><channel><title>八式夕令がブログを音読するポッドキャスト</title><link>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/</link><description>八式夕令(やしきゆうれい)が自身の書いたブログ記事(https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/)をただ音読するポッドキャストです</description><generator>Hugo</generator><language>ja-JP</language><itunes:explicit>no</itunes:explicit><managingEditor>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</managingEditor><webMaster>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</webMaster><lastBuildDate>Wed, 29 Apr 2026 00:00:00 +0000</lastBuildDate><atom:link href="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/index.xml" rel="self" type="application/rss+xml"/><itunes:image href="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/jurei_profile.png"/><item><title>登録お願いします。"RSS"で</title><link>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/rss-20260429/</link><pubDate>Wed, 29 Apr 2026 00:00:00 +0000</pubDate><author>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</author><guid>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/rss-20260429/</guid><description>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;RSS&lt;/strong&gt;という言葉を聞いたことがあるでしょうか？かつてブログ文化が盛んだった頃、更新情報を自動で受け取るための仕組みとして広く使われていたものです。サイトごとにRSSのURLがあって、その中に記事の更新情報が格納されています。&lt;strong&gt;フィードリーダー&lt;/strong&gt;というものにRSSを登録すると、フィードリーダーが定期的にRSSを取得し、サイトの更新を確認できる。という仕組みです。ポッドキャストもRSSを拡張した仕様です。違いはテキストか音声かという点だけで、本質的にはブログと同じ仕組みです。しかし、最近のポッドキャストはRSSの存在を意識せずとも、アプリから購読ができるようになっています。「ユーザーが迷わない優れたUI/UX」などと呼ばれるやつです。そして知らないうちにプラットフォームに囲い込まれてしまうのです。最近ではRSSを公開せずに、そのプラットフォームのアプリでないと聞けないことも増えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本では、ブログ的な発信の場として note が広く使われています。noteにはフォロー機能があり、フォローした人の新着記事があることをすぐに知ることができます。これはかつてのRSSと同じ役割を果たしていますが、自分でRSSを管理する手間を、プラットフォームに渡しています。また「お気に入り登録」などの行動はリコメンドに組み込まれ、記事は他のユーザーに「おすすめ」として配信されます。この仕組みは拡散やSEOの面で有利に働きますが、同時に読者と書き手の双方をプラットフォーム内に留める力としても機能します。結果として、主導権がプラットフォーム側に集約されていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;レコメンドなどの影響に流されないことを指して、「アルゴリズムに抗う」という表現を聞くことがあるのですが、その後でspotify上で「番組登録お願いしまーす」などと言っていることもあって、苦笑いしてしまいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私は&lt;a href="https://antennapod.org/"&gt;AnttenaPod&lt;/a&gt;というオープンソースのアプリでポッドキャストを聞いています。RSSを登録することで、聞くことができます。サービスが囲い込んでおり、専用アプリでないと聞けない場合は諦めます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;RSSのことをみんなが知らない現状では、RSSのURLを探すことは難しいことがあります。私は「ポッドキャストランキング」というサイトを利用しています。このサイトには、番組の登録用のURLがまとめられており、Apple PodcastやSpotifyなど各種サービスが並んでいるところの下の方の「RSSで番組を購読する」というボタンからRSSのURLを取得できます。しかし、ポッドキャストランキングは検索ができないので、検索エンジンで&amp;quot;site:podcastranking.jp&amp;quot;とポッドキャスト名を組み合わせて探したりしています。面倒ですが、「アルゴリズムに抗う」にはしょうがありません。もっといいやり方をご存知の方は教えてください。そもそもみんながこの&amp;quot;構造&amp;quot;をわかってくれたら、囲い込むデメリットの方が大きくなって、こんな面倒なことにならない未来になるはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;テクノロジーは便利ですし、ただ便利である以上の可能性を広げるものにもなりえます。一方で、その分だけテクノロジーの理解も求められます。難しいことでなくほんの一手間です。そこを手放すと、その分の判断はどこかに委ねることになります。それを知らないままで、何かに依存することは、自分のコントロールを失っているということです。&lt;/p&gt;
&lt;div class="margin"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;p&gt;本ブログおよび本ポッドキャストはgitlabというサービスで運用しています。google analytics等の行動をトラッキングする仕組みも入れていません。プラットフォームの力には何も委ねておりません。SEO的に最悪手です。皆さんとのローカルなつながりにのみ依存しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「RSSによる」番組の登録をよろしくお願いします。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</description><enclosure url="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/rss-20260429/audio.mp3" length="2090858" type="audio/mpeg"/><itunes:author>Jaŝiki Juurej</itunes:author><itunes:summary>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;RSS&lt;/strong&gt;という言葉を聞いたことがあるでしょうか？かつてブログ文化が盛んだった頃、更新情報を自動で受け取るための仕組みとして広く使われていたものです。サイトごとにRSSのURLがあって、その中に記事の更新情報が格納されています。&lt;strong&gt;フィードリーダー&lt;/strong&gt;というものにRSSを登録すると、フィードリーダーが定期的にRSSを取得し、サイトの更新を確認できる。という仕組みです。ポッドキャストもRSSを拡張した仕様です。違いはテキストか音声かという点だけで、本質的にはブログと同じ仕組みです。しかし、最近のポッドキャストはRSSの存在を意識せずとも、アプリから購読ができるようになっています。「ユーザーが迷わない優れたUI/UX」などと呼ばれるやつです。そして知らないうちにプラットフォームに囲い込まれてしまうのです。最近ではRSSを公開せずに、そのプラットフォームのアプリでないと聞けないことも増えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;日本では、ブログ的な発信の場として note が広く使われています。noteにはフォロー機能があり、フォローした人の新着記事があることをすぐに知ることができます。これはかつてのRSSと同じ役割を果たしていますが、自分でRSSを管理する手間を、プラットフォームに渡しています。また「お気に入り登録」などの行動はリコメンドに組み込まれ、記事は他のユーザーに「おすすめ」として配信されます。この仕組みは拡散やSEOの面で有利に働きますが、同時に読者と書き手の双方をプラットフォーム内に留める力としても機能します。結果として、主導権がプラットフォーム側に集約されていきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;レコメンドなどの影響に流されないことを指して、「アルゴリズムに抗う」という表現を聞くことがあるのですが、その後でspotify上で「番組登録お願いしまーす」などと言っていることもあって、苦笑いしてしまいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私は&lt;a href="https://antennapod.org/"&gt;AnttenaPod&lt;/a&gt;というオープンソースのアプリでポッドキャストを聞いています。RSSを登録することで、聞くことができます。サービスが囲い込んでおり、専用アプリでないと聞けない場合は諦めます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;RSSのことをみんなが知らない現状では、RSSのURLを探すことは難しいことがあります。私は「ポッドキャストランキング」というサイトを利用しています。このサイトには、番組の登録用のURLがまとめられており、Apple PodcastやSpotifyなど各種サービスが並んでいるところの下の方の「RSSで番組を購読する」というボタンからRSSのURLを取得できます。しかし、ポッドキャストランキングは検索ができないので、検索エンジンで&amp;quot;site:podcastranking.jp&amp;quot;とポッドキャスト名を組み合わせて探したりしています。面倒ですが、「アルゴリズムに抗う」にはしょうがありません。もっといいやり方をご存知の方は教えてください。そもそもみんながこの&amp;quot;構造&amp;quot;をわかってくれたら、囲い込むデメリットの方が大きくなって、こんな面倒なことにならない未来になるはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;テクノロジーは便利ですし、ただ便利である以上の可能性を広げるものにもなりえます。一方で、その分だけテクノロジーの理解も求められます。難しいことでなくほんの一手間です。そこを手放すと、その分の判断はどこかに委ねることになります。それを知らないままで、何かに依存することは、自分のコントロールを失っているということです。&lt;/p&gt;
&lt;div class="margin"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;p&gt;本ブログおよび本ポッドキャストはgitlabというサービスで運用しています。google analytics等の行動をトラッキングする仕組みも入れていません。プラットフォームの力には何も委ねておりません。SEO的に最悪手です。皆さんとのローカルなつながりにのみ依存しています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「RSSによる」番組の登録をよろしくお願いします。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</itunes:summary><itunes:duration>04:21</itunes:duration><itunes:owner><itunes:name>Jaŝiki Juurej</itunes:name><itunes:email>contact@kuku9.net</itunes:email></itunes:owner></item><item><title>おもしろくない本を読む</title><link>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/reading-20260418/</link><pubDate>Sat, 18 Apr 2026 00:00:00 +0000</pubDate><author>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</author><guid>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/reading-20260418/</guid><description>&lt;pre tabindex="0"&gt;&lt;code&gt;音読はたとえ&amp;#34;おもしろくなくても&amp;#34;読み続けることができる。
&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;&lt;p&gt;ということを今回は述べようと思います。面白くない本を黙読するのは無理です。黙読するためには没入することが必要で、そのためには、次々と「おもしろい」という刺激が入ってくる必要があるからです。おもしろいと思えない本を読み続けるように精神を集中し続けるのは、大変難しいことです。しかし、音読なら簡単です。音読は身体操作だからです。精神を思うようにコントロールすることと比べれば、身体操作の方が遥かに簡単です。ということを、前回、説明しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読は身体操作であるから、おもしろくない本も読める、というところまで納得してもらえたとしても、そもそも「なぜおもしろくない本を読むのか」は理解に苦しむかもしれません。読書をただのエンターテイメントと思うのならば、簡単に「おもしろい」と思える本を読む方がいいでしょう。もしくは読書でなくても、YouTubeやゲームなどもっと楽に「おもしろい」を獲得できるものは、現代ではどこにでも溢れています。それでも本を読みたいと思うのは、簡単には得難い何かを求めるからでしょう。安直なおもしろいでは満たされない何かにあなたは気づいているはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本がおもしろくない理由はいろいろ考えることができます。根本的におもしろくない、という可能性もありますが、一旦その可能性は脇に置いておきましょう。大体の本にはその著者の思う「おもしろさ」がそこにはあるはずで、その「おもしろさ」を理解できないから、面白くないと考えてみます。それは、前提となる知識が不足しているのかもしれないし、その本の著者との考えの違いや対話のテンポが合わないとか、あるいは問いの立て方がこちらの思考の流れとずれているとか。言い換えると、自分の中になくて、著者の中にある&amp;quot;何か&amp;quot;がそこにあり、それは自分と著者のそれまでの体験や世界観の違いの現れなのだと考えられます。読書は、そのような自分の外側の何かを獲得するチャンスでもあり、だからこそ労力をかけるだけの価値があるのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;読書を「くじ引き」のように捉えてみてはどうでしょう。「あたり」しか入っていないことが分かっていたら、わざわざくじ引きしないでしょう。何が入っているか分からない、というところに読書の本質的な楽しみがあります。どうやって「あたり」を引くかだけを考えてしまうと、安易な「おもしろい」に流されてしまいます。そうなると、簡単に読める本ばかり読んだり、偏った本しか「おもしろい」と思えなくなって、結果として自分の枠の中に閉じこもって、世界がどんどん小さくつまらなくなってしまう。本当に求めているのは、世界を広げるための読書ではありませんか？「あたり」だったり「はずれ」だったり、おもしろかったり、つまらなかったり、そのプロセス全体が豊かな読書の体験なのだと考えてみてはどうでしょう？&lt;br&gt;
　さらに、たとえ今回は「はずれ」だったとしても、読むことであなたの中に&amp;quot;何か&amp;quot;が立ち上がる余地が生まれるように思います。安直な「おもしろい」では、その&amp;quot;何か&amp;quot;がありません。おもしろくない本であっても、自身の中で積み重なる”何か”は確実にあるわけで、それは肥やしとなって将来の体験の奥行きを作る材料になると思います。そのように考えると、さまざまな本を読むことが、自分の中を多種多様で豊かにするために大事だと思えてきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところで「本を読んでいる時間」とは、一体いつのことを指すのでしょう？文字に目を通しているだけできちんと内容が分かっていないのなら、「本を読んだ」とは言えないですよね。むしろ本の言葉が、自分の思考や体験と結びつき、理解が深まるときこそ、「本を読んだ」と言えます。&lt;br&gt;
　例えば、本を閉じて、風呂に入って湯船に浸かった瞬間、ふと腑に落ちることがある。あるいは、何日も経ってから、自分の実際の体験と本の内容が重なり合い、「こういうことだったのか」と気づくこともある。そのような時間こそ「本を読んでいる時間」と言えるのではないでしょうか？そのように考えると、文字を効率よく取り込むことに意味はなく、言葉の間に自分の体験を置く余地を豊かに作っておけるような読み方が好ましいことになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読で読破するのは非常に時間がかかりますから、逆に見れば、一冊の本を読む時間を少しずつ生活のあちこちに散らしているということです。その間隔が読解のゆとりを作り、思考の余地を広げるように思います。&lt;/p&gt;
&lt;div class="margin"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;p&gt;ここまで、読んで(聞いて)いただけたら、音読してみようと思えてきた人もいるのではないでしょうか？&lt;br&gt;
　最初の内は、音読しやすそうな本を選んで、とにかく音読になれること自体を目的に読むようにしていました。昔読んだ本をもう一度、今度は音読で読んでみる、というのもいいかもしれません。音読に慣れた副作用として、図書館や外出先で読むときに声を出せずにむずむずしてしまいます。私はもう音読をやめることはできません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もちろん、音読が万人向けだとは思っていませんし、あなたはあなたの読み方を見つけてもらえたらと思います。しかし、本を読むことは大事です。ただ読めばいいわけではありません。既知の「おもしろい」に囚われない、未知との出会いが思いがけない発見を招き、自分の輪郭を少し外へと押し広げてくれます。そうして見つけたあなた自身の「おもしろい」は、やがて他の誰かにも伝わって、巡り巡って、その「おもしろい」が私のもとに届くかも、などと思いながら筆を置きます。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</description><enclosure url="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/reading-20260418/audio.mp3" length="2816853" type="audio/mpeg"/><itunes:author>Jaŝiki Juurej</itunes:author><itunes:summary>&lt;pre tabindex="0"&gt;&lt;code&gt;音読はたとえ&amp;#34;おもしろくなくても&amp;#34;読み続けることができる。
&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;&lt;p&gt;ということを今回は述べようと思います。面白くない本を黙読するのは無理です。黙読するためには没入することが必要で、そのためには、次々と「おもしろい」という刺激が入ってくる必要があるからです。おもしろいと思えない本を読み続けるように精神を集中し続けるのは、大変難しいことです。しかし、音読なら簡単です。音読は身体操作だからです。精神を思うようにコントロールすることと比べれば、身体操作の方が遥かに簡単です。ということを、前回、説明しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読は身体操作であるから、おもしろくない本も読める、というところまで納得してもらえたとしても、そもそも「なぜおもしろくない本を読むのか」は理解に苦しむかもしれません。読書をただのエンターテイメントと思うのならば、簡単に「おもしろい」と思える本を読む方がいいでしょう。もしくは読書でなくても、YouTubeやゲームなどもっと楽に「おもしろい」を獲得できるものは、現代ではどこにでも溢れています。それでも本を読みたいと思うのは、簡単には得難い何かを求めるからでしょう。安直なおもしろいでは満たされない何かにあなたは気づいているはずです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本がおもしろくない理由はいろいろ考えることができます。根本的におもしろくない、という可能性もありますが、一旦その可能性は脇に置いておきましょう。大体の本にはその著者の思う「おもしろさ」がそこにはあるはずで、その「おもしろさ」を理解できないから、面白くないと考えてみます。それは、前提となる知識が不足しているのかもしれないし、その本の著者との考えの違いや対話のテンポが合わないとか、あるいは問いの立て方がこちらの思考の流れとずれているとか。言い換えると、自分の中になくて、著者の中にある&amp;quot;何か&amp;quot;がそこにあり、それは自分と著者のそれまでの体験や世界観の違いの現れなのだと考えられます。読書は、そのような自分の外側の何かを獲得するチャンスでもあり、だからこそ労力をかけるだけの価値があるのではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;読書を「くじ引き」のように捉えてみてはどうでしょう。「あたり」しか入っていないことが分かっていたら、わざわざくじ引きしないでしょう。何が入っているか分からない、というところに読書の本質的な楽しみがあります。どうやって「あたり」を引くかだけを考えてしまうと、安易な「おもしろい」に流されてしまいます。そうなると、簡単に読める本ばかり読んだり、偏った本しか「おもしろい」と思えなくなって、結果として自分の枠の中に閉じこもって、世界がどんどん小さくつまらなくなってしまう。本当に求めているのは、世界を広げるための読書ではありませんか？「あたり」だったり「はずれ」だったり、おもしろかったり、つまらなかったり、そのプロセス全体が豊かな読書の体験なのだと考えてみてはどうでしょう？&lt;br&gt;
　さらに、たとえ今回は「はずれ」だったとしても、読むことであなたの中に&amp;quot;何か&amp;quot;が立ち上がる余地が生まれるように思います。安直な「おもしろい」では、その&amp;quot;何か&amp;quot;がありません。おもしろくない本であっても、自身の中で積み重なる”何か”は確実にあるわけで、それは肥やしとなって将来の体験の奥行きを作る材料になると思います。そのように考えると、さまざまな本を読むことが、自分の中を多種多様で豊かにするために大事だと思えてきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところで「本を読んでいる時間」とは、一体いつのことを指すのでしょう？文字に目を通しているだけできちんと内容が分かっていないのなら、「本を読んだ」とは言えないですよね。むしろ本の言葉が、自分の思考や体験と結びつき、理解が深まるときこそ、「本を読んだ」と言えます。&lt;br&gt;
　例えば、本を閉じて、風呂に入って湯船に浸かった瞬間、ふと腑に落ちることがある。あるいは、何日も経ってから、自分の実際の体験と本の内容が重なり合い、「こういうことだったのか」と気づくこともある。そのような時間こそ「本を読んでいる時間」と言えるのではないでしょうか？そのように考えると、文字を効率よく取り込むことに意味はなく、言葉の間に自分の体験を置く余地を豊かに作っておけるような読み方が好ましいことになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読で読破するのは非常に時間がかかりますから、逆に見れば、一冊の本を読む時間を少しずつ生活のあちこちに散らしているということです。その間隔が読解のゆとりを作り、思考の余地を広げるように思います。&lt;/p&gt;
&lt;div class="margin"&gt;&lt;/div&gt;
&lt;p&gt;ここまで、読んで(聞いて)いただけたら、音読してみようと思えてきた人もいるのではないでしょうか？&lt;br&gt;
　最初の内は、音読しやすそうな本を選んで、とにかく音読になれること自体を目的に読むようにしていました。昔読んだ本をもう一度、今度は音読で読んでみる、というのもいいかもしれません。音読に慣れた副作用として、図書館や外出先で読むときに声を出せずにむずむずしてしまいます。私はもう音読をやめることはできません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もちろん、音読が万人向けだとは思っていませんし、あなたはあなたの読み方を見つけてもらえたらと思います。しかし、本を読むことは大事です。ただ読めばいいわけではありません。既知の「おもしろい」に囚われない、未知との出会いが思いがけない発見を招き、自分の輪郭を少し外へと押し広げてくれます。そうして見つけたあなた自身の「おもしろい」は、やがて他の誰かにも伝わって、巡り巡って、その「おもしろい」が私のもとに届くかも、などと思いながら筆を置きます。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</itunes:summary><itunes:duration>05:52</itunes:duration><itunes:owner><itunes:name>Jaŝiki Juurej</itunes:name><itunes:email>contact@kuku9.net</itunes:email></itunes:owner></item><item><title>音読の効用</title><link>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/ondoku-20260408/</link><pubDate>Wed, 08 Apr 2026 00:00:00 +0000</pubDate><author>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</author><guid>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/ondoku-20260408/</guid><description>&lt;pre tabindex="0"&gt;&lt;code&gt;黙読は&amp;#34;才能&amp;#34;である。
&amp;#34;才能&amp;#34;なき者が本を読む&amp;#34;技術&amp;#34;が音読である。
&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;&lt;p&gt;と主張したいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私の読書の速度はだいぶ遅いです。なにせきっちり音読してますから。フィクションでもノンフィクションでも、ジャンル問わず音読しています。1000ページを超えるような大著であっても全部音読で読破しました。逆に音読じゃなかったら、途中で挫折していたように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あなたが黙読で読めるなら、黙読すればいいと思います。黙読より音読が優れていると言いたいわけでありません。私の主張はいろんな人がいて、それぞれの読書の仕方があるということです。人は千差万別、十人十色。なのに本はだれもが黙読をするというのがおかしいのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;黙読の難しさは何でしょうか？こんな事例に心当たりはありませんか？ワクワクしながら本を買ったものの、いざ本を開いて読んでみても、いまいち集中できず、なんとなくケータイを見てしまい、気がつくとYouTubeのオススメを見続けてしまっている&amp;hellip;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なぜYouTubeは見続けられるのに、本は難しいのでしょうか？動画は&lt;em&gt;受け身&lt;/em&gt;でいいし、しかも&lt;em&gt;即時&lt;/em&gt;に「楽しい」が得られる。一方で、本は「楽しい」に至るまで&lt;em&gt;時間がかかる&lt;/em&gt;し、&lt;em&gt;能動的な集中&lt;/em&gt;が必要になります。つまり読書には&lt;em&gt;精神力&lt;/em&gt;が必要なのです。精神をコントロールすることは簡単なようで、実際はとんでもなく難しいことです。感情を抑えようとして抑えれるわけでないし、考えるのをやめようと思っても逆に考えてしまいます。それに比べれば、身体的な操作はとても簡単です。そして音読は身体操作であり、つまり簡単です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;当然、音読は黙読よりも読破するまでに相当の時間がかかります。逆に「ゆっくり読める」というメリットだと思いましょう。あれもこれも読まなくてはと、強迫観念に囚われてはいませんか？一般ピープルが大量の本を読む必要なんてないのです。一冊一冊丁寧に読んで、豊かな読書体験を重ねるのもよいのではないでしょうか？世間では速読術がいいものとしてもてはやされていますが、ならば音読は遅く読む術、遅読術です。ゆっくり読むなんて簡単だと思うかもしれませんが、実際に黙読でゆっくり読んでみてください。相当な精神力が必要でやってられないでしょう。特に疲れてくると、文字に目をサッと通しただけで読んだことにしてしまうなんてこともあるでしょう。音読ならば、読み飛ばすことはできません。音読は、相応の時間を費やさないと読み終えませんが、逆に一定の時間経過すれば&amp;quot;着実&amp;quot;に読み終えます。この&amp;quot;着実&amp;quot;という感覚は、実際に声を出したことで得られる実感です。この&amp;quot;着実&amp;quot;をただ繰り返せば、いつか読み終わると思えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところで、音読した方が記憶が定着しやすいという言説を耳にすることがありますが、その点については私は懐疑的です。音読を始めたころは、まだ慣れないので全然読めている感じがしませんでした。読むことに脳内リソースを使ってしまうので、やっぱり読んだ内容が特別頭に入ってくることはありません。次第に慣れてくると脳内リソースを使わずに自動的に読める感じになります。自転車も慣れたら意識せずに乗れるのと同じ感覚です。ところが自動的に読めるようになったとて、きちんと読めるようになるわけではありません。うっかりすると、読みながら「そういえば昨日の夕飯の残り早く食べないと」とか考えていたりします。当然そんなことを考えているときは、本の内容は全く頭に入っておらず、はっとして本に意識を戻し、読んだところを振り返ると、はっきりと口を動かして発声したはずの文章にもかかわらず、全く読んだ記憶がないことに驚きます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読したからと言って、必ずしも集中して内容を読んでいるわけではないものの、やはり音読という&amp;quot;行為&amp;quot;に引きつられて、自然と意識が集中する感じはあります。また、声に出すという行為自体に心地よさがあります。はじめた頃はたどたどしかったのに、今ではスルスル声が出る。その快感が単純にありますし、それによって行為を続けることができます。さらに音読には、身体的な疲れがあります。YouTubeを見続けた後のよく分からない疲れではなく、心地よい疲れです。私は疲れについても、一家言あるのですが、それはまた別の機会にしましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読の良さは伝わったでしょうか？説得力に欠け、なぜわざわざ音読するのか、メリットを感じない人もいるでしょう。それは読書に求めるものの違いが一因かもしれません。次回は「本を読むこと」について私の考えを述べたいと思います。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</description><enclosure url="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/ondoku-20260408/audio.mp3" length="4778733" type="audio/mpeg"/><itunes:author>Jaŝiki Juurej</itunes:author><itunes:summary>&lt;pre tabindex="0"&gt;&lt;code&gt;黙読は&amp;#34;才能&amp;#34;である。
&amp;#34;才能&amp;#34;なき者が本を読む&amp;#34;技術&amp;#34;が音読である。
&lt;/code&gt;&lt;/pre&gt;&lt;p&gt;と主張したいと思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;私の読書の速度はだいぶ遅いです。なにせきっちり音読してますから。フィクションでもノンフィクションでも、ジャンル問わず音読しています。1000ページを超えるような大著であっても全部音読で読破しました。逆に音読じゃなかったら、途中で挫折していたように思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あなたが黙読で読めるなら、黙読すればいいと思います。黙読より音読が優れていると言いたいわけでありません。私の主張はいろんな人がいて、それぞれの読書の仕方があるということです。人は千差万別、十人十色。なのに本はだれもが黙読をするというのがおかしいのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;黙読の難しさは何でしょうか？こんな事例に心当たりはありませんか？ワクワクしながら本を買ったものの、いざ本を開いて読んでみても、いまいち集中できず、なんとなくケータイを見てしまい、気がつくとYouTubeのオススメを見続けてしまっている&amp;hellip;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なぜYouTubeは見続けられるのに、本は難しいのでしょうか？動画は&lt;em&gt;受け身&lt;/em&gt;でいいし、しかも&lt;em&gt;即時&lt;/em&gt;に「楽しい」が得られる。一方で、本は「楽しい」に至るまで&lt;em&gt;時間がかかる&lt;/em&gt;し、&lt;em&gt;能動的な集中&lt;/em&gt;が必要になります。つまり読書には&lt;em&gt;精神力&lt;/em&gt;が必要なのです。精神をコントロールすることは簡単なようで、実際はとんでもなく難しいことです。感情を抑えようとして抑えれるわけでないし、考えるのをやめようと思っても逆に考えてしまいます。それに比べれば、身体的な操作はとても簡単です。そして音読は身体操作であり、つまり簡単です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;当然、音読は黙読よりも読破するまでに相当の時間がかかります。逆に「ゆっくり読める」というメリットだと思いましょう。あれもこれも読まなくてはと、強迫観念に囚われてはいませんか？一般ピープルが大量の本を読む必要なんてないのです。一冊一冊丁寧に読んで、豊かな読書体験を重ねるのもよいのではないでしょうか？世間では速読術がいいものとしてもてはやされていますが、ならば音読は遅く読む術、遅読術です。ゆっくり読むなんて簡単だと思うかもしれませんが、実際に黙読でゆっくり読んでみてください。相当な精神力が必要でやってられないでしょう。特に疲れてくると、文字に目をサッと通しただけで読んだことにしてしまうなんてこともあるでしょう。音読ならば、読み飛ばすことはできません。音読は、相応の時間を費やさないと読み終えませんが、逆に一定の時間経過すれば&amp;quot;着実&amp;quot;に読み終えます。この&amp;quot;着実&amp;quot;という感覚は、実際に声を出したことで得られる実感です。この&amp;quot;着実&amp;quot;をただ繰り返せば、いつか読み終わると思えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ところで、音読した方が記憶が定着しやすいという言説を耳にすることがありますが、その点については私は懐疑的です。音読を始めたころは、まだ慣れないので全然読めている感じがしませんでした。読むことに脳内リソースを使ってしまうので、やっぱり読んだ内容が特別頭に入ってくることはありません。次第に慣れてくると脳内リソースを使わずに自動的に読める感じになります。自転車も慣れたら意識せずに乗れるのと同じ感覚です。ところが自動的に読めるようになったとて、きちんと読めるようになるわけではありません。うっかりすると、読みながら「そういえば昨日の夕飯の残り早く食べないと」とか考えていたりします。当然そんなことを考えているときは、本の内容は全く頭に入っておらず、はっとして本に意識を戻し、読んだところを振り返ると、はっきりと口を動かして発声したはずの文章にもかかわらず、全く読んだ記憶がないことに驚きます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読したからと言って、必ずしも集中して内容を読んでいるわけではないものの、やはり音読という&amp;quot;行為&amp;quot;に引きつられて、自然と意識が集中する感じはあります。また、声に出すという行為自体に心地よさがあります。はじめた頃はたどたどしかったのに、今ではスルスル声が出る。その快感が単純にありますし、それによって行為を続けることができます。さらに音読には、身体的な疲れがあります。YouTubeを見続けた後のよく分からない疲れではなく、心地よい疲れです。私は疲れについても、一家言あるのですが、それはまた別の機会にしましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;音読の良さは伝わったでしょうか？説得力に欠け、なぜわざわざ音読するのか、メリットを感じない人もいるでしょう。それは読書に求めるものの違いが一因かもしれません。次回は「本を読むこと」について私の考えを述べたいと思います。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</itunes:summary><itunes:duration>04:58</itunes:duration><itunes:owner><itunes:name>Jaŝiki Juurej</itunes:name><itunes:email>contact@kuku9.net</itunes:email></itunes:owner></item><item><title>このブログとポッドキャストについて</title><link>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/podcast-20260329/</link><pubDate>Sun, 29 Mar 2026 00:00:00 +0000</pubDate><author>contact@kuku9.net (Jaŝiki Juurej)</author><guid>https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/podcast-20260329/</guid><description>&lt;p&gt;ポッドキャストを始めることにしました。(rss: &lt;a href="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/index.xml"&gt;https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/index.xml&lt;/a&gt;)とはいえ、即興で喋るわけではありません。ここに書いたブログ記事をただ音読するだけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いまやAIに読んでもらえば、とても自然に、淀みなく聞きやすい声で読んでくれます。そんな時代だからこそ敢えて、自分で音読したものを発信しようと考えました。無意味と見做されることの中にある微妙な意味が、あるような、ないような、そんなことをやりたいのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じ記事を何度も読み直すつもりです。ポッドキャストを聞いてくれる人は、数カ月後にもう一度同じようなことを聞くことになります。「そういえば、そんな話していたな」と忘れかけていた頃に、またやってくる、そんなポッドキャストにしようと思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それに、まったく同じというわけではありません。都度修正します。自分の考えを繰り返し精錬するための場として、ブログを書き、ポッドキャストをしたいと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;公開して聞いてもらえるようにしているのは、あなたのご意見・ご感想を聞きたいからです。メール(&lt;a href="mailto:contact@kuku9.net"&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;)か&lt;a href="https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog"&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;からご連絡ください。肯定的なものだけでなく、否定的なものでも、あるいは内容から脱線しているものであっても、そこに中身が詰まっているほど、私はうれしいです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本ブログおよびpodcastはgitlabのhosting機能を使って配信しています。広告やトラッキングの仕組みなどは一切ありません。アクセス数も分からないので、あなたが主体的にメッセージを送ってくれないかぎり、フィードバックは何もありません。ぜひとも、ぜひとも、メッセージをください。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;よろしくお願いします。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</description><enclosure url="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/podcast-20260329/audio.mp3" length="1704463" type="audio/mpeg"/><itunes:author>Jaŝiki Juurej</itunes:author><itunes:summary>&lt;p&gt;ポッドキャストを始めることにしました。(rss: &lt;a href="https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/index.xml"&gt;https://jurei-13f222.gitlab.io/blog/index.xml&lt;/a&gt;)とはいえ、即興で喋るわけではありません。ここに書いたブログ記事をただ音読するだけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いまやAIに読んでもらえば、とても自然に、淀みなく聞きやすい声で読んでくれます。そんな時代だからこそ敢えて、自分で音読したものを発信しようと考えました。無意味と見做されることの中にある微妙な意味が、あるような、ないような、そんなことをやりたいのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;同じ記事を何度も読み直すつもりです。ポッドキャストを聞いてくれる人は、数カ月後にもう一度同じようなことを聞くことになります。「そういえば、そんな話していたな」と忘れかけていた頃に、またやってくる、そんなポッドキャストにしようと思っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それに、まったく同じというわけではありません。都度修正します。自分の考えを繰り返し精錬するための場として、ブログを書き、ポッドキャストをしたいと考えています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;公開して聞いてもらえるようにしているのは、あなたのご意見・ご感想を聞きたいからです。メール(&lt;a href="mailto:contact@kuku9.net"&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;)か&lt;a href="https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog"&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;からご連絡ください。肯定的なものだけでなく、否定的なものでも、あるいは内容から脱線しているものであっても、そこに中身が詰まっているほど、私はうれしいです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;本ブログおよびpodcastはgitlabのhosting機能を使って配信しています。広告やトラッキングの仕組みなどは一切ありません。アクセス数も分からないので、あなたが主体的にメッセージを送ってくれないかぎり、フィードバックは何もありません。ぜひとも、ぜひとも、メッセージをください。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;よろしくお願いします。&lt;/p&gt;&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;【八式夕令のブログを音読するpodcast】&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;&lt;a href="{{ $.Permalink }}"&gt;{{ $.Permalink }}&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
 &lt;div&gt;ご意見・ご感想は、メール&lt;a href='mailto:contact@kuku9.net'&gt;contact@kuku9.net&lt;/a&gt;
 もしくは &lt;a href='https://lib.kuku9.net/form/?kind=blog'&gt;匿名フォーム&lt;/a&gt;から
 お願いします。&lt;/div&gt;</itunes:summary><itunes:duration>01:46</itunes:duration><itunes:owner><itunes:name>Jaŝiki Juurej</itunes:name><itunes:email>contact@kuku9.net</itunes:email></itunes:owner></item></channel></rss>