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おもしろくない本を読む

2026.04.18
音読はたとえ"おもしろくなくても"読み続けることができる。

ということを今回は述べようと思います。面白くない本を黙読するのは無理です。黙読するためには没入することが必要で、そのためには、次々と「おもしろい」という刺激が入ってくる必要があるからです。おもしろいと思えない本を読み続けるように精神を集中し続けるのは、大変難しいことです。しかし、音読なら簡単です。音読は身体操作だからです。精神を思うようにコントロールすることと比べれば、身体操作の方が遥かに簡単です。ということを、前回、説明しました。

音読は身体操作であるから、おもしろくない本も読める、というところまで納得してもらえたとしても、そもそも「なぜおもしろくない本を読むのか」は理解に苦しむかもしれません。読書をただのエンターテイメントと思うのならば、簡単に「おもしろい」と思える本を読む方がいいでしょう。もしくは読書でなくても、YouTubeやゲームなどもっと楽に「おもしろい」を獲得できるものは、現代ではどこにでも溢れています。それでも本を読みたいと思うのは、簡単には得難い何かを求めるからでしょう。安直なおもしろいでは満たされない何かにあなたは気づいているはずです。

本がおもしろくない理由はいろいろ考えることができます。根本的におもしろくない、という可能性もありますが、一旦その可能性は脇に置いておきましょう。大体の本にはその著者の思う「おもしろさ」がそこにはあるはずで、その「おもしろさ」を理解できないから、面白くないと考えてみます。それは、前提となる知識が不足しているのかもしれないし、その本の著者との考えの違いや対話のテンポが合わないとか、あるいは問いの立て方がこちらの思考の流れとずれているとか。言い換えると、自分の中になくて、著者の中にある"何か"がそこにあり、それは自分と著者のそれまでの体験や世界観の違いの現れなのだと考えられます。読書は、そのような自分の外側の何かを獲得するチャンスでもあり、だからこそ労力をかけるだけの価値があるのではないでしょうか。

読書を「くじ引き」のように捉えてみてはどうでしょう。「あたり」しか入っていないことが分かっていたら、わざわざくじ引きしないでしょう。何が入っているか分からない、というところに読書の本質的な楽しみがあります。どうやって「あたり」を引くかだけを考えてしまうと、安易な「おもしろい」に流されてしまいます。そうなると、簡単に読める本ばかり読んだり、偏った本しか「おもしろい」と思えなくなって、結果として自分の枠の中に閉じこもって、世界がどんどん小さくつまらなくなってしまう。本当に求めているのは、世界を広げるための読書ではありませんか?「あたり」だったり「はずれ」だったり、おもしろかったり、つまらなかったり、そのプロセス全体が豊かな読書の体験なのだと考えてみてはどうでしょう?
 さらに、たとえ今回は「はずれ」だったとしても、読むことであなたの中に"何か"が立ち上がる余地が生まれるように思います。安直な「おもしろい」では、その"何か"がありません。おもしろくない本であっても、自身の中で積み重なる”何か”は確実にあるわけで、それは肥やしとなって将来の体験の奥行きを作る材料になると思います。そのように考えると、さまざまな本を読むことが、自分の中を多種多様で豊かにするために大事だと思えてきます。

ところで「本を読んでいる時間」とは、一体いつのことを指すのでしょう?文字に目を通しているだけできちんと内容が分かっていないのなら、「本を読んだ」とは言えないですよね。むしろ本の言葉が、自分の思考や体験と結びつき、理解が深まるときこそ、「本を読んだ」と言えます。
 例えば、本を閉じて、風呂に入って湯船に浸かった瞬間、ふと腑に落ちることがある。あるいは、何日も経ってから、自分の実際の体験と本の内容が重なり合い、「こういうことだったのか」と気づくこともある。そのような時間こそ「本を読んでいる時間」と言えるのではないでしょうか?そのように考えると、文字を効率よく取り込むことに意味はなく、言葉の間に自分の体験を置く余地を豊かに作っておけるような読み方が好ましいことになります。

音読で読破するのは非常に時間がかかりますから、逆に見れば、一冊の本を読む時間を少しずつ生活のあちこちに散らしているということです。その間隔が読解のゆとりを作り、思考の余地を広げるように思います。

ここまで、読んで(聞いて)いただけたら、音読してみようと思えてきた人もいるのではないでしょうか?
 最初の内は、音読しやすそうな本を選んで、とにかく音読になれること自体を目的に読むようにしていました。昔読んだ本をもう一度、今度は音読で読んでみる、というのもいいかもしれません。音読に慣れた副作用として、図書館や外出先で読むときに声を出せずにむずむずしてしまいます。私はもう音読をやめることはできません。

もちろん、音読が万人向けだとは思っていませんし、あなたはあなたの読み方を見つけてもらえたらと思います。しかし、本を読むことは大事です。ただ読めばいいわけではありません。既知の「おもしろい」に囚われない、未知との出会いが思いがけない発見を招き、自分の輪郭を少し外へと押し広げてくれます。そうして見つけたあなた自身の「おもしろい」は、やがて他の誰かにも伝わって、巡り巡って、その「おもしろい」が私のもとに届くかも、などと思いながら筆を置きます。